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【まなざしの先に】 第9話:キツネを探しに来た人

活動報告概要

登録元:ポーラスター

【まなざしの先に】
第9話:キツネを探しに来た人

あれは、まだ私がデイサービスで働いていたころのこと。

その日、はじめて来所されたご婦人は、開口一番にこうおっしゃった。
「私ね、キツネを探しに来たの」

思わず、心の中に「?」が浮かんだ。
キツネ……???

よくわからないけど、

何か、私の知らない大切なことを
お話しくださっているような気がした。

そのときの私は、まだ『星の王子さま』をちゃんと読んだことがなかったのだ。
だから正直に言うと、ちょっと不思議なことを言うなあ、と思った。
でもその表情が、まるで子どもが宝ものを見つけたときみたいに、ふんわりとしていて、心に残った。

あとになって、本を読んでみた。
そのなかで、王子さまがキツネに出会って、
「きみといる時間のおかげで、きみは世界でたったひとりのキツネになった」と語る場面があった。
そのとき私は、あのご婦人の言葉の意味が、すとんと胸に落ちた。

彼女は100歳だった。
けれど、床に手のひらが届くくらいにしなやかな身体で、
日々、ご病気の息子さんと二人きりの生活をこなしていた。
風のように静かで、でも芯のある、すてきな人だった。

その後、彼女が仲よくなったのは、どちらかというと人づきあいが苦手で、
少しきつく聞こえる話し方をする、もうひとりのご婦人。
けれど、彼女の目は、その人のやさしさをちゃんと見つけていた。

ふたりは言葉少なに並んで座るだけで、
なんだかとてもなじんでいて、
そばにいるだけで、安心するみたいな空気が漂っていた。

しばらくして、100歳の彼女は通えなくなった。
身体のこと、家のこと、いろんな事情が重なって。

でも、こんなふうに言ってくれた。
「もう会えなくなってもね、思い出すことができたら、それで生きていけるの」

その言葉は、なんでもない日の午後にふと差し込んできた、
あたたかな陽ざしのようだった。

たったひとり。
出会えたという記憶だけで、
人はもう少し、がんばろうって思えることがある。

わたしは、そのまなざしに、そっと添えるような人でありたい。
あのときの彼女のように、
誰かのこころに残る存在に、いつかなれたらいいなって思う。