2026年2月の竹内先生のコラム(お手紙)です。
竹内先生の自筆版はPDFファイルを参照下さい。
— 以下テキスト版 —
不登校と今の学校!!
毎年11月上旬に不登校の状況が発表されますが毎年不登校は増え続けています。昨年の11月の発表では全国で35万人以上の子が不登校で学校へ行けなくなっています。私が親の会を始めた13年前は、全国で10万人を越えた。大変なことだと言われたのですが、それが10年で3倍以上になりこれからも増え続けていく状況にあります。
そして、今までは、中学校の不登校が多く小学校の不登校は中学校よりづっと少ない人数だったのですが、最近はその小学校の低学年の不登校が増えてきていると言われています。友だち100人できるかなと期待に胸をふくらませて1年生になったのに、その1年生の子が“行けない行きたくない”という子ども増えているのです。
2026年1月24日の朝日新聞でも、そのことを取りあげた記事が載っていました。「不登校は近年、小学校低学年で増えている。文科省の調査では、24年度、不登校だった小中学生は35万4千人。このうち小1、2年生は計約2万3千人で19年度の3倍以上になった。」と書いてあります。その記事のタイトルは“年長と小学校つないで、不登校減り”そして、モデル地域だった横浜市の市立東本郷小学校を訪ね、1年生の授業を紹介しています。算数の授業で子どもたちがバケツにお手玉を投げて、なかなかバケツに入らないのですが数回投げて、全部で何個入ったかを確かめる。0+0=0、1+0=1と足し算でゼロの感覚をつかむのが狙いだと……1年生にとって0を認識するのはむづかしいのです。1.2.3…という数字はバケツに入った数を見れば実感とし納得できるのですが、何も1こも入らなかったら、それをどう表わすか子どもにとっても大人とってもむずかしいことなのです。だから、1.2.3という数学は目に見えるので分り安すく、納得できるのですが、なにもない物をどう表すか人類の課題だったのです。そして、インドで0の発見があって、それは人類の大発見なのです。そのことをお手玉とバケツとお手玉を投げるという実体験を通して実践している授業は子どもにとってはたのしい授業です。また1年生は生活科でアサガオの種をまいて世話をするのですが、この学校ではアサガオだけでなく、ホセンカ、ヒマワリなど子どもにまく種を選ばせる実践をしています。担任の話として「教師主導だと苦しくなる子が多い。指導事頃を取りこぼさないか心配だったが、自由な展開ができるようになった。」と話している。そして一斉授業や座学中心の授業ではなく、子ども同志が一緒に活動を通して学習を取り入れる中で不登校の子どもが大きく減ったと報告している。
学校へ行かなくてもいいと思っている子どもは、1人もいないと思うのです。小学校に入学したらどんな楽しいことが待っているのだろう、友だち100人できるかなとワクワクしている新入生の子どもたち。記事にある東本郷小学校ならそのまま、明日もその次も学校へとなると思うのですが今の学校は多くは違っています。あいさつに始まり、椅子の座り方、手の挙げ方、返事の仕方など、また筆箱の内味まで指定など約束ごとの指導が続きます。「アレ!!」と思う子どもがいてもおかしくないと思うのです。楽しいはずの学校と思っていたのに?「アレッ」です。低学年の不登校が増えている背景にあるのではと思うのです。
そして、記事の最後に東本郷小学校の校長は「『やってみたい』がかなうから楽しい。それが学ぶエネルギーになる。小学校の学びを変えるには小1の学び方を変えるのが大事だと実感している。」と話すと談話がありますが私もそうだと思っています。しつけではなく、学校って楽しいよと子どもたちが思うことから、始まるのだと思っています。しつけではないのです。
子どもの「学校へ行きたくない」と言葉を聞いたとき、親なら誰でも何とかして学校へ行かせなくてはと思うのは、間違いではないと思っています。そして無理しても、何としても学校へと。でも、そうすれば、そうするほど、子どもはかたまって、身動きができなくなります。学校へ行かなくてもいいと思っている子は1人もいないのです。学校へ行かなくてはいけないと頭では考えているのですが、体が動かないのです。無理すればするほど、子どもの心はかたまって身動きができなくなってしまうのです。大切なことは子どもの心の傷をいやすことです。それは子どもを信じて待つということです。親が自分の味方になってくれていると安心できた時、子どもは動きだすのです。それを決めるのは親ではなく、本人自身です。その日は、きっと来ます。“待つ”ことが大切だと思っています。
でも親はつらいと思うのです。そんな時は一人で悩んでいるのではなく同じ体験をしている親同志話し合うことが大切だと思うのです。そうかと気づくことがたくさんあります。1人では前へ進めません。同じ体験している親同志が交流することが次へつながっていきます。“信じて待つ”きっと、その日は来ます。
2026年1月末 竹内春雄