2026年5月の竹内先生のコラム(お手紙)です。
竹内先生の自筆版はPDFファイルを参照下さい。
— 以下テキスト版 —
今学校は!!子どもたちにとって楽しい所なの?
4月初旬、例年のように、入学式の看板の前に親子が記念写真を撮る場面がテレビに映る。そして、インタビューに「友だちをいっぱい。」「友だち100人」と応える1年生。入学式定番の光景です。でも、今の学校はそんな子どもの期待を受けとめる学校になっているのでしょうか。
4月5日の朝日新聞に“学校改革、結果は?「いやあ・・・・」” というタイトルの記事が載っていました。通知表や宿題廃止を進めた校長退職ということでインタビューの 記事です。
一改革を進めた背景はー という問いに対して、校長は「教師がテストや点数を通じてではなく、一人の存在として子どもたちを見るそんな学校を作りたいという理想がありましたと。」….「きっかけは、授業中に落ち着きがないことで有名だった子ども。教師たちは手を焼いていたのですが、放課後に遊んでいる時はすごく穏やかで他の子どもと仲良くしている姿が印象的でした。」と….「同じ子が場が違うと全く違う顔を見せる。これは子どもが悪いのではなく、学校のシステム自体に問題があると、学校の見え方が変ったのです。」と….
一学校をどう変えようとしたのですか一 「通知表は単元テストの点数や授業への取り組み方をもとに評価するものです。教師が子どもを見るよりも、テストの採点や序列化に必要になっていると感じました。」と….「宿題も評価のために(やらせている)感が強い。子どもを疲へいさせ、自ら学びたいという意欲を失わせているように思いました。」
―結果は?― いやあ、あまり変りませんでしたね。通知表をなくしても、学期末の面談では学力の話がほとんどですと。….そして最後に 一校長が変えると言えば学校は変わるのでは― という質問に対して、教師は教育委員会や国が言う通りにするのが 良いと広く考えられています。服従することを疑わない教師が増えています。そんな秩序で安定している学校にとって、改革とは、「不安定」をもたらすことなんですよね。 学校って変えてもいいんだという期待より、不安定への嫌悪感が強いのですと….結んでいます。
川崎でも東住吉小学校で全校で宿題は出さないと決めましたが、他の学校へとは広がっていません。
入学式の看板の前で期待に胸をふくらませ、友だちいっぱいつくるんだとニコニコする子どもたちを待っているのは、約束を守ること、座り方、手の挙げ方、給食は黙食で、教室移動は、黙って静かになどなど守らなければいけない約束ごとの指導が待っています。楽しいはずの学校は、約束を守ることから始まるのです。友だちいっぱいつくるんだ、楽しいことたくさんあるよという気持ちは心の中にしまい込んでしまう子どもたち。
筆箱の中は削ったえんぴつ3本と赤えんぴつ、消しゴムと指定され、机と椅子の間は握りこぶしひとつ分、手を挙げるときは真直に伸ばし、ハイと大きな声で、などなど学習のしかたの指導から始まるのですが、それは、子どもたちにとって楽しい学校なのでしょうか。!!
消ゴムを忘れたら、「消ゴム忘れちゃった」ととなりの子に「貸して」と、そして「ありがとう」と返すそこから友だちとの関係が生まれてくるのではと思うのです。「忘れたら、先生のところ来て」というのではなく。給食も黙食ではなく、おしゃべりしながら食べていいのではと思うのです。好き嫌いがあってもいいと思うのです。嫌いなものも残したらダメちゃんと食べてではないと思うのです。大事なのは友だちと交流しながら学んでいく関係を大切にすることから友だちが生れていくのです。失敗しても大丈夫という関係から安心が生れるのです。
話は変わるのですが、何日か前のニュースでケン玉の大会で、もしカメのチャンピオンのことを取り上げていました。もしカメを失敗しないで、どのくらい続けられるかという大会です。そして、あるお父さんが日本一のチャンピオンを連続してとっているというニュースです。昨年は何と11時以上続けたそうです。そして、今年はさらに12時間を超える記録で優勝したと。そのお父さんの子どもも3才からケン玉をやりだして、今年は中学校の部で優勝しています。その子は、お父さんに言われて、ケン玉をしたのではなく、お父さんを見ていて、楽しそうだからと自分からやるようになったのです。逆にお父さんが自分がチャンピオンだからと息子に進めていたら、息子はチャンピオンになるまで、練習し続けただろう(か)と思いました。親の姿を見ていて「よし、やってみよう」と決めるのは本人です。そして、中学校チャンピオンになった息子はケン玉だけではなく、自分のやりたいことは自分で決めていくのだよ、決めていいんだということを言葉ではなく自分の姿を通して教えていると思いました。親と子の関係はそうだと思うのです。親の頑張っている姿を見て、親は何も言わなくても、子どもは自分のやりたいことも自分で見つけていくのです。親が自分を信じてくれたら子どもは、安心して、自分のやりたいことを自分で見つけて、歩きだすのではと思うのです。いくら時間がかかったとしても。“信じて、待つ” です。親の会をやりながら、そのことをいつも教えてもらっているように思っています。
2026年4月 竹内春雄